機械式気動車

機械式気動車とは
 「機械式気動車」と聞いて、すぐにその特徴を答えることのできる方はかなり少ないと思われます。機械式気動車とは、自動車で言うところのマニュアル車と同様の原理で、クラッチペダルを踏み、シフトレバーを操作して変速をする気動車のことです。機械式気動車に対し、現在主流となっているのが液体式気動車で、クラッチの操作をしない点で言えば自動車のオートマチック車と同じです (かつては手動で変速操作をしていたものの、現在では変速操作も自動となり、よりオートマ車に近くなっています) 。
 この機械式気動車は初期の気動車の特徴でもありますが、これは内燃機関 (エンジン) を使用した気動車が自動車から発達したことを意味しています。そのため原理はほとんど自動車と同じで、クラッチペダルとシフトレバーのほか、アクセルペダルを持ったものもありました。変速機の構造も液体変速機に比べ簡単で、大型自動車のものであればそのまま流用することも可能でした。
 しかし機械式変速機は、創生期には安価で確実な動力伝達装置でしたが、気動車が大型化し、2〜3輌で運転するようになりはじめるとその限界が見えてきます。機械式気動車は原則として1輌で運転することを想定しており、複数輌で運転することは考えられていなかったのです。そもそもクラッチやシフトレバーでの変速操作はその車輌でしかできず、油圧技術が未熟であった当時では他車の操作を1人の運転手が行うことは不可能でした。そのため重連以上の運転には機関車と同様、それぞれの車輌に運転手が乗車しなければならないだけでなく、運転操作を合わせることが非常に困難でした。大型の機械式気動車の運転は油圧式のクラッチを使用していないため1輌の状態でも難しく、2輌ではより困難になり、3輌ではうまく出発できることはなずなく、4輌ともなれば神業と言える技術力が必要でした (国鉄では三重連までで、四重連は江若鉄道の夏季海水浴臨で見られた) 。出発時こそブザーの合図でローギアに入れてエンジンをふかし、徐々に回転数を上げつつクラッチをつないでゆくのですが、他車が半クラッチの状態の時に1輌だけクラッチをつないでしまうと前後の車輌に大きなショックを与え、最悪の場合エンストを起こして列車が止まってしまうこともありました。
 こうした操作性の悪さから、総括制御 (1ヶ所の運転台で複数輌の車輌の運転操作をすること) の研究がなされ、液体式変速機が登場することとなったのです。気動車の数が増えるにつれ、操作も簡単で乗り心地の良い液体変速機の有効性もますます高くなり、逆に操作が難しく快適な乗り心地が保証できない機械式気動車は製造されなくなりました。昭和29年(1954年)に登場したレールバスの一族で、キハ10200 (のちのキハ03) が国鉄では最後の機械式気動車となりました。これはローカル線用に小型で安価な車輌を作る観点からバス用の部品を多用したためで、運転も1輌で十分ということから時代遅れとなりつつあった機械式変速機が採用されました。実質的な最後の旅客用機械式気動車はみなさんご存知の南部縦貫鉄道のレールバス、キハ101とキハ102です。この2輌は最後に製造された機械式気動車というだけでなく、現在残る唯一の動く機械式気動車としても貴重な存在となっています。

 
 機械式気動車は古い車輌が多く、新製配置や多くの転属の詳細など、多くの箇所が不明となっております。あらかじめご了承ください。

キハ01   キハ02   キハ03   キユニ01  
キハ04   キハ05   キハ06   キハ07  
キユニ07   キニ05・キクユニ04   キサハ04  
キハ41000改造経緯
(キハ04・05改番までの改造・廃車 キハ06を除く)  
キハ42000改造経緯
 (キハ07改番までの改造・廃車 戦後製を除く)  
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